Motoko

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Kamata Motokoコラージュ展2017

森の言葉を聞き、闇の中に青空を見る。 宇宙の言葉を聞く。ver.2 2017 1/24-2/28  ウェスティンホテル淡路・回廊ギャラリー (24時間見ることができます。) ....................................................................... わたしが作り出すコラージュは、PC上でPhotoshopを使い、樹木や花、空などの画像を組み合わせて作り出されます。

Photoshopというツールに出会った時、やっと自分が感じている世界を目の前に生み出せるのだと喜びに震えたことを思い出します。
 その 「感じていた世界」 は、憧れつつも絶対そこに行けない世界だと思っていました。 だから強烈に憧れ、その世界をコラージュで作ってきました。 
でも、去年「感じていた世界」を完全に表したコラージュができた時に、追っていた世界はわたしと一つになり、「わたしそのもの」 になりました。 その途端に、すべての人が選択できる世界の一つにその世界が加えられました。  個人の世界をひとつ生み出すということは、全体の可能性をひとつ増やすことになる、世界を豊かにする。 それをさらに確かめるための今回の作品作りになりました。 わたしの世界とあなたの世界の響きあいを、どうぞお楽しみください。 
去年の6月のウェスティン展示後に作られた作品から、
現在の作品まで18点並びます。 

あなたへのみちしるべ。

最近、名刺を創りたいというお話がよく来ます。 わたしの世界は唯一無二なので、それを持つ事でストレートにその人が見えてしまう。
 その世界を共有したいひとに、響くのです。 だから、名刺は、あなたへの道標なのだ、と思います。 暗闇に光る灯のようなもの。 
実は注文されたさんに「灯」という文字をこっそり入れてくださいと言われたのですが、出来上がってみれば、ほんとに「ひとをみちびくあかり」として名刺というのは存在するんだな、と気づいた次第。  すごいところに目をつけたのですね♪ 素晴らしい💗  それにも増して、自分の魂の輝きそのもので生きていきたい!ひとが、社会的な場所で自分の魂の姿を明確に表明するようになったんだな、と思います。      頼んでいただいた方は、FBのコラージュを見てピンと来ちゃってご連絡いただきました。私は九星気学や数秘術の視点から その人の本質、魂の欲求、使命お役目、引き寄せの縁…などをお伝えするセッションを行っています。
以前の名刺は 気学アドバイザー という肩書きで、講師として気学講座を開催…というカラーが強かったので、今の自分とはズレている気がして、今回作り直す事にしました。
人の心に光をあてる…そんなイメージで、私の役割を捉えています。ということで、気学アドバイザー改め Life・Light・Worker
松浦 敬嘉子さんとしての新しい名刺をオーダーしていただきました。気学をやっているということで、右上左下を丸くして欲しいと言うオーダーもあり面白い名刺が出来上がりました♪

unite

最近、とんと踊ってないので、忘れてた感覚をふと今日思い出してあ、これ必要、って思った。写真を撮っている時から、切り取られた部分と、その先、についていつも考えて、というか不思議に思っていた。写真て、その「切り取った部分」だから。それがわたしの視点であるけれどでも自分の感覚は、いつもそこを超えてあって、もどかしくもあった。なぜ、四角なのだろう?なぜ丸なのだろう?わたしを隔てている、この皮膚とはなんだろう?ダンサーはそこを溶かしていく。空間いっぱいに広がっていく。そこには踊っているからだしか見えないのだけれど意識は広くどこまでも繋がっていく。今回の作品を、「こちら側から見ているようで見られているような気がする」と言ったひとがいて作品の中に自分が入ってしまっているようだ、とか結局のところ、あの作品はわたしが作り出しておきながらも本当に生み出しているのは見ているひとだったりする。あなたとわたしの世界が繋がった時に見えてくるものそれが、今回の作品だった。 でもあの中の世界は、いま、私たちの身の回りに満ち満ちている。少し、自分の普段の意識をぼーっとさせると感じられること。 そしてそのエネルギーとつながり一緒に遊ぶのが踊り。見ている人のエネルギーと周りに在るたくさんの有象無象とともにつながり、ひとつになる。 この湿気をまとった熱い空気のようにいつもそれはあってそこにつながると、世界の「境目」はなくなってしまう。わたしとあなたは消えてしまう。 三宅洋平の持つエネルギーもなんだかそれに似ている。彼の視点から、の言葉でもあるけれどそれは多分わたしからの言葉でもある。unite、と彼は言う。つながる、というのは、ひとつの思想の元に同じ方向を向くのではなくて全存在との有り様を認める、ということなのではないのかな。境目、を溶かしていく。………………人かもしれないし人じゃないかもしれないただ、知覚が少し変わっただけで隣の人はこう見えるかもしれない。なんとなくずっとそう思ってた。 恐ろしいような、懐かしいような。。。 この存在とすれ違った時、一瞬何もかもが融合する。わたしはあなたの中に入り、あなたはわたしの中に入る。 夕暮れの山からは、セミの合唱。薄暗い光の中で、一瞬の逢瀬、邂逅。夜がくる前に捕まえようその姿を

私から生まれるもの。

今日10時に個展作品撤収。御来場していただいた皆様、心を寄せていただいた皆さま本当にありがとうございました!また、通りすがりで見ていただいた沢山の見知らぬ方々にも感謝を!今までで、一番、沢山の人の目に触れた展示でした。昔は、自分の中に「認めて欲しい」と「どうせ受け入れられない」が同居しててぎゅーぎゅー綱引きしてた。それが、かなり人の目に触れることを拒んでいた気がする。。最近、いじめ続けていた自分とやっと仲直りし始めて、一番認めて欲しかったのは、自分自身だったことに気づく。やっと自分が自分を愛しはじめたみたい。だから、作品は私から出てくる愛の結晶。私の喜び、悲しみ、驚き…私のココロに響いた何か、を、かたちにしていくのが、私の表現なんだな、と改めて思う。ちょっと前は、それを別なところに預けて私が空っぽになったらいいと思ってたんだけど、いま、わたし、という肉体を持った自分にすっぽりと入って見ると、いま、ここで感じることの愛おしさ素晴らしさに惚れまいる。痛みや渇望感や苦しみも悲しみも含めて、この身体で感じ、表現する素晴らしさ。誰か、の、を優先せず自分の感覚で生きる。「無」になるには、まだ早い(笑)生き切ったら、どうやったって「無」になっちまうんだから。今、急に、2000年にベルリンで見た展示を思い出した。日本人である彼は「生きろ」という言葉だけを書き続けていた。壁にはそれがびっしりと貼ってあり、まだ日々書き続けていた。この、生命を生き続けろ。まだ、身体の隅々に意識が入り切らぬ赤んぼうが、自分の右手を見続け、感じ続けるように。15年を経て、今響いてきたよ。さ、これからもこの身体が消えるまで生き続けよう。自分自身としっかりと繋がって。この空、この身体、この太陽、この大地。今、この時、繋がってくれたあなたにも、ありがとう、を(੭*ˊ꒳ˋ)੭♡これからも、ジャンルとらわれず表現していきます!

自分自身の喜びで生きる。

今ある思いを作品としてカタチにしていく、それが一番わくわくすること。それをやらせてもらっている現在、本当に幸せです♡この前、裏山歩きながら写真撮ってたときに、もう自分の喜びで生きていいんだな、と思った。なんとなく、自分が自分として生きていない感覚があって後ろの方がいろいろお手伝いくださっている、という話とあと、自分に自信がないってのがかなりあって他人の喜びの方を優先してたりもしててなんだか自分の感覚とずれてる、けどずれているのは、見ないふりしていたんだけど。。そしたら、まぁ、ね、いろいろ問題が起こるわけです。自分の喜びから物事を起こさないと、悪い方向にしか進みません。。。。わたしは母方のおばぁちゃんの資質を強く受け継ぎ、ゆえに守られている&期待をかけられているらしい。それは恩恵でもあったけど、制約のほうが強かったかもなーと思う。お山でねおばぁちゃんに、「もう、自分の意思で生きていきます。 わたしがわたしとして生きることで、 この血筋を守る以上のことが起こると思います。 今までありがとうございました」と伝えてみたの。それはふっとおもいついたことで、おばぁちゃんのイタコ体質ゆえの、他人を自分自身として生きてしまう、というのからさよならして、自分の喜びで生きよう、と思った。というかそう決めた。「自信がない」のは「自身がない」ことなんかもなーなどとふと思う。失敗ということはひとつもなく、ただ、人生の中でたくさんの物事を試していくだけ。経験するために。ただただ、創造の羽を伸ばし、現実化させる。今のも終わってないけど、次が楽しみ(笑

息を吸うこと息を吐くこと

今回のコラージュは、全部樹木のチカラで出来上がっている。実は、そのまんまの写真でもいいくらい、その樹にはパワーがあって、今日も、1枚貼り付けたままそれをぼーっとみていた(笑そこに手を加え始めたのは、どういうタイミングだったのか自分でも忘れたけど、そこに何かしら手が加わり、コラージュはできた。ただいま、9個目。そろそろ、選ぶときかな。タイトルは全部まだ付いてない。この展示が今まで一番日々の生活の中そのものだとおもう。何かから、無理やり外そうとしているわけでもなくないものを求めて必死になっているわけでもなくものすごい葛藤があるわけでもない。出てきちゃったもの、そのまま、だから。20代の頃から、怒涛の引っ越しの中、持ち歩いている本は実はあまり読んでない本ばかりだったりする。なのに、内容は全部似通ってたりする。結局は、ずっと同じ視点を持ったままそこに勝手に自分にコンプレックスを持ち続けていただけで。今はパンを捏ねるのとコラージュを作ることに大差はなくそれはただ、生活の中で培われてきたことの一部。明日は、もらったミントを植え替えなくっちゃー!そして、最後の9つめを完成させて、どんな展示にするか再考いたしましょ。最初は4つだけだったけど、9つになったのも意味があるでしょう(笑そして今から久々パン捏ねる!おやすみなさい♪